
第二部
中盤戦
19
一体、一体誰が来たのだろう。沙紀は既に足を止めていた。早名もマシンガンを構えたまま、じっとしていた。
早名が言った、『・・・あれはどう見ても違うようだな・・・』はどういう意味なのだろう。沙紀は不安と恐怖で体が震え、足も動かなくなってきていた。
「ん?なんだ?」
突然前にいた早名が、疑問的な言葉を発した。なにかまずい事でもあるのだろうか?沙紀は訊いてみた。
「な、なにがあったの?向こうから来てるのは誰なの?ねぇ、早名君・・・」
「・・・さっきまで姿が少し見えてたんだが、こっちを見るなりいきなり逃げるようにして去って行ったよ。おかしいな・・・」
逃げた?沙紀は唖然とした。逃げるんだったら脅えてるって事?と言う事はやる気のない人間なんじゃ・・・?沙紀は不思議そうに早名に
訊いてみた。
「ねぇ早名君、一体さっき誰がいたの?」
早名は森林に向けていたマシンガンを降ろすと、少しため息交じりで沙紀の方を見て言った。
「見た限りでは間違いなく木山君だったよ。なにやら拳銃らしき物を持ってたけど、俺と視線が遇うといきなり逆方向に走り出したんだ」
木山・・・。沙紀は怖かった。実際にクラスで苛めにあったことはなかったが、木山という不良の存在は一緒にいるだけでも何をされるか分からないぐらい、
怖い空気を漂わせていた人間だ。隣の学校から不良が来た時も、喧嘩の最後として刃物で襲っては少年院に入れられていたり、精神病院にも一時期入っていたと聞いたこともあった。
家の事情はそんなに貧祖ではなかった。むしろお金持ちの方だ。
母親は若く綺麗な人で、よく学校に謝りに来ていたのはクラスの誰もが知っていた。
沙紀には木山誠治がなぜそんなに
不良の間で恐られているのか、謎で仕方なかった。沙紀が木山の噂を聞いたときから既に木山の周りの不良は恐れていた。
沙紀は木山がそんなに悪い奴だと思わなかったが、
やはりその姿は怖く、まるで悪魔だった。理由としてただ、一度噂で聞いた事があったのは、
何故木山がそんなに恐られているのかと言うのは、何やら数年前に第四中学にいた、木山の兄から始まったらしい。
何やら木山の兄である、木山洋治は学校の不良生徒を2人刃物で殺害してるらしく、今もある精神病院に入院してるらしい。きっとそんな噂話から木山を
恐れるようになったんだと、いつも沙紀は思っていた。――――怖い人ほど見かけで判断してはいけない。早名君だってそう。木山君の行動も、
第四中学に被害を及ぼすから、不良たちを懲らしめただけであって・・・。
頭の中が整理された。いままで怖いと思っていた人は、きっとそんな事はないと。木山を信じようと・・・沙紀は思った。
「早名君。木山君を説得しましょう。きっと大丈夫よ」
沙紀は早名の耳元近くで呟くと、本気か!?と言わんばかりに、くるっと首を回し、沙紀を少し怖い目で見つめた。
「やめといた方がいい。木山君・・・いや、高月さんには説得できそうに見えるかもしれない。いつも不良っぽい奴は、こんな時だと逆に
いい人間になると思ってるかもしれない。まあ、根がやさしい不良だったら
そうかもしれない。だがね、高月さん。
俺はさっきも言ったように、この第四中学でくそゲームが行われる事を知ってて、いろいろな事を学んだんだ。プログラムの事についてや、実際に体験した
過去のプログラム優勝者の人間(勿論正常な人間達だけ)にもたくさん出会えた。プログラムで生き残った・・・優勝者が集まる行事があるんだ・・・
そこでいろんな人に協力してもらい、聞いて調べた。勿論この第四中学の
事も調べた。中には神戸にある、とある市街の裏通りに存在する小さな医院の男は、俺と同じ年にプログラムに参加させられ、優勝した奴なんだが、
そいつに会っていろんな噂話や情報を聞いた。聞いた話の結果・・・みんなみんな、いつもクラスにいる根の悪い不良は、必ずと言っていいほど
プログラムが始まるや否や殺人鬼に変異している。だから木山は信じない方がいい・・・これが、結論だ」
落ち着いて話す早名に、沙紀はすこし怒ったような口調で言った。
「そ、そんな・・・でもそれって聞いた話でしょ?そんな事で木山君を殺人者扱いする気なの?早名君!第一に根の悪いってどうやって決めつけるの?」
下を俯き、早名は小さな声で喋った。まるで聞いてはならない様な事を話すかのように。
「うん・・・。高月さんの言う事は間違ってない。しかし・・・この第四中学3年E組のクラス名簿、体力測定、学力など、それ以上の
極秘の情報まで調べた。そしたら木山の事実がわかったんだ。
奴の総合的な身体能力は二重マルだ。ただ、小学校の時にかなり
悪かったらしく、人と喧嘩して怪我を負わすのは日常茶飯事だったようで、
中学に入ってからも噂で聞いた事あるかと思うけど、
木山とやりあって二度戦おうとする奴はいないらしい。いや、戦えないようにするんだ・・・木山の場合・・・」
早名は大きくため息を吐くと、続きを話した。
「今話したのはほんの一部だ。小、中で怪我させている人間の数は計り知れない。
ざっと20人はリストに書かれてあった」
「リ、リスト?」
少し疑いながら聞いていた沙紀は、1つの疑問を早名に訊いた。
「ああ、リストって言うのは、何処の中学校にもある、ブラックリストみたいなもんだよ。その学校の評判が悪くならないようにと、生徒や
学校に纏わる大きな事件などを記しているんだ。これは前に行ったことある優勝者の集いで、ある女の人に取り寄せてもらった話だ。一応香川県警察のブラックリストにも
木山の名前はあったよ。とにかく木山って言うのは、
争いを見て育ってきた人間らしく、奴に戦う事意外はあり得ないんだ
。そんな人間を、信じられるか?高月さん?」
今の話が本当なのか沙紀は信じられなかった。半信半疑だとは言え、
そこまでして早名が作り話をしてる様にも見えない。極悪人と呼ばれる木山誠治・・・一体・・・。
やはり何度頭の中で繰り返しても、信じられなかった。そう、全て嘘にしか聞こえなかった。だがしかし、もしかしたらという思いが沙紀にはあった。
「早名君の話は分かったわ。でも今はどうか分からないんじゃないかな?突然人間変る事もあるし・・・」
まだ木山のことを説得できると思ってるのかと、早名は少し強い口調で言った。
「高月さん!目を覚ましてくれ!あいつよりも
まだ信じれる友達がいるだろう!!俺の言う意味わかるよな。
今までのは嘘だと思ってくれていい・・・だが、
俺・・・このゲームで木山が並木君を殺している所を見たんだ!!
これだけは俺がこの目で見た100%の真実だ!
これでも信じないのか!」
沙紀は証拠が欲しかった。本当に木山が人を殺しているなら、証拠という証拠を欲しかった。沙紀は信じてあげたかった。どんな
悪い人も、教会で謝罪する人間との会話のように・・・。
『あなたは十分に罪を償いました』『神父様・・・信じてくださるのですね』
未だ信じられない不安そうな顔をしている沙紀に、早名はゆっくり目を閉じて、そして沙紀の肩に手をやり真剣な目で言った。
「高月さん。わかった・・・。説得してみよう。俺がやるだけやってみるよ。さぁ、木山を追いかけよう。追いかけて説得しよう」
早名は驚いた顔をした沙紀の荷物を見つめた。
「荷物を持って・・・」と言う早名の声が、沙紀にはすごく心に響いた。また泣き出しそうだった。早名に引かれるまま
荷物を持ち、木山を発見した森林の方を目指し歩いた。ゆっくり、ゆっくりと。
その時、「ガサッ」と言う音が早名と沙紀がいる背後でした。どう聞いても森に住む動物が動いた音ではなかった。――――人間!――――
ほんの一瞬だった。木々の間から姿を現し、大きな銃声が3発した。そこに見えたのは、あの早名と沙紀が信じようとしていた木山の姿だった。
――――しまった――――すぐに体制を立て直し、沙紀を守ろうとした。
だが時遅かった・・・。沙紀の腕を引っ張り、自分の体の後ろに行かせようとした瞬間だった。ドンと、まるで太鼓が
近くで鳴ったような音がしたと思えば、沙紀の体が小さく、2回ほど飛びはね、ぐらついた体は地面に落ちた。沙紀の腕は自然と早名の手から滑り落ちた。
早名も驚くような速さで、熱い何かが荷物を提げていた左肩に当たった。少しうめき声が出たが、早名は右肩に提げてあったマシンガンを木山に構えた。
木山は冷酷な顔をしており、早名がマシンガンを放つと同時に、元来た林の中に戻って行った。早名の銃弾は「ババババババババ」という音と共に、
何もない林の中に飛んでいった。
――――ちくしょう!あいつは逃げたんじゃなかったんだ!俺と高月さんを見て、銃を持っていない高月さんがいる場所に移動し、
初めからクラスメイトを殺すつもりだったんだ!ちくしょう!なんてこった。俺は馬鹿だ――――
数秒、早名は悔しがりながらも、林の中を見つめていた。すぐにでも追いたいのだが、地面にはぐったりと倒れ込む人間がいた。そう、今は沙紀の
事が心配だった。
「高月さん!しっかりしてくれ!大丈夫か?」
しっかりも大丈夫もないのだが、かけてやれる言葉はこれしかなかった。早名は地面に倒れる沙紀の体を両手で抱き上げた。
まだ暖かいその感触や、僅かだが打ってる心臓の鼓動は、早名を少し安心させた。
抱き上げると沙紀はまだ呼吸をしていた。だが胸のあたりに、2発の黒い穴が開いてあった。そう、既に弾は沙紀の心臓を捕らえていた。
口から流れ出す血は、ブクブクと僅かな泡をだし、薄っすらと開かれたその目は、早名に何かを伝えようとしていた。
早名は必死に喋ろうとしている沙紀の口元に耳をやった。小さく、しかし頑張って喋る沙紀の声が聞こえてきた。
「そう・・なくん・・・・ごめ・・・ん・・ね・・・わた・・し・・本当に・・・信じてあげたかったの・・・。
そうなくん・・にはわるいこと・・・を・・・したね・・・うたれて・・とうぜ・・ん・・よね。そうな・・・くんて・・
やさしい・・・のね。神山くんに・・・会いたかった・・・けど・・・今は違う・・・・そ、早名・・くん・・・
と居て、安心・・・できる。・・・好きだったの・・かも。・・・よかった・・・・。ああ、もうだめね・・・わたし・・・」
沙紀はまだ喋りたがってる様子だったが、ゆっくり・・・ゆっくりとため息を吐くようにして、目を閉じた。
沙紀の体を抱き上げていた早名は、心臓が止まったのが手に伝わって感じた。ただ今は、美しい沙紀を見ながら何度も話を聞くように頷いていた。
薄っすらと涙をこぼし、沙紀の話に返すように、「ありがとう・・・俺も実は高月さんの事・・・好きだったんだ。転校初日に、明るく話し掛けてきてくれた
事を今でも覚えてるよ・・・あの時本当に、嬉しかった」と言った。早名は心の中で言葉の続きを言った。
――――その時君を好きになったんだ。
今思えば、こんな腐った大東亜共和国にも、こんなにやさしい、心が綺麗な美人の女性がいたんだと・・・安心していいよ高月さん。
きっとこの島から出るからね・・・君の死は絶対に無駄にはしない――――
早名は沙紀の荷物に目をやり、デイパックではない修学旅行の方の荷物に手をやった。中をあけ、沙紀の財布から一枚の写真を取り出した。
バスの中で早名は、沙紀が友達に財布から写真を取られるのを耳で聞いていた。丁度座席が近かった為か、それとも意識をしていたのかは定かではないが、今となっては聞いていてよかったと思っていた。
写真に写ってるのは、勿論バスケットをしている神山克人と、沙紀だった。嬉しそうに沙紀はピースをしている。その写真を早名は学ランの胸ポケットに仕舞い、
財布を沙紀の荷物に戻すと、今度は何かを探し始めた。
それから何やら沙紀のデイパックから水を出し、まずは口に含んだ。そして学ランを脱ぎ、
木山の銃弾が当たった左腕に行きよいよく、
霧吹きのようにしてかける。急激な激痛が走ったが、声を押し殺し、さらにボトルから直接傷口にかけた。シャツから見える赤い模様は、先ほどの一瞬であり
鮮明に覚えている戦いを物語っていた。
血が少し止まったと思い、早名は自分の荷物から無地のTシャツを取り出した。
それを強引に撃たれた左腕に巻くと、左腕を2回ほど上下に動かした。脱いだ学ランを着て、開けたリュックのチャックを閉じると、
ゆっくり目を瞑った。すこし落ち着いたような気持ちになり、次に開いた目は、何かすべてを忘れたような感じだった。
そして立ち上がり、荷物一式とマシンガンを持ち、あえて沙紀の死体は見ずに、その場をマシンガンで警戒しながら木山が逃げて行った方とは逆の方向へ
歩いていった。
しかし3歩歩いたところで急に早名は立ち止まり、沙紀の死体がある方へ目をやった。虚ろな表情の早名だったが、呼吸を整え、
森林の中に姿を消した。今はただ、日陰で死んでいる女子生徒を残しては・・・。
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