第二部
中盤戦
24
どれぐらい歩いただろう・・・。
一は周りが緑いっぱいの所にいた。歩くたびに顔に降りかかる木の枝や葉っぱは邪魔としか言いようがなかった。地図で言うと、D=9あたりだ。
刻々と時間が過ぎていく中、クラスメイトの名前が放送で呼ばれる度に、一の心臓はドキドキしていた。もう既に足も体も疲れきっており、
どこか休める場所を何時間と探していた。いや、とりあえず食べ物が付いている休憩所。
昼もとっくに過ぎ、午後4時になろうとしていた。あの時あの集落で食べれる物を家から取っておくのだったと思った。とにかく今は何か
食べる物がほしかった。デイパックの中の水もひとつは既に空だったし、パンも既になくなっていた。どこか家の冷蔵庫から調達しなければ。
一はその疲れきった足を無理やり引きずりながら、垂れる汗を手で拭き、まだ見えない集落を目指していた。このまま餓死する訳にはいかない。俺は生き残る。
みんなでこの島から脱出して生き残る・・・。その為には・・・その為には樹を・・・。
突然目の前がぐにゃりと曲がり、足元がフラフラぐらついた。まるで違う次元の時代にワープするかのように。
しかし四次元でも夢でもなかった。ただ単に眩暈が起こっただけだった。
一はこれ以上は少し危ないと判断し、近くに立っていた大木に腰を降ろし、木に凭れる様に座り込んだ。地面は草が沢山生えており、なぜだか暖かかった。
座っても眩暈が治まらない一は、目の瞼に指を押し当て、目をぐるぐると動かした。そして頭を左右に何回も振った。
一体俺はどうしたんだろう。
小さな子供が迷宮に迷い込んだみたいだった。一が見る限り、すべての道と言う道は同じようで何処を行けばよいのか分からなかった。
ぐるぐると回る目の前に、自分の体もぐにゃりと曲がってるようにも錯覚した。やばい・・・このままじゃ幻覚も夢も区別がつかなくなる・・・ふふ。
意識が少しある限り、一は朦朧とする頭を押えながら、横に置いてあった荷物の中から、修学旅行に持っていく予定で入れていたカセットウォークマンを取り出した。
電池も入っており、中に入ってる黒いカセットは、大好きなロックバンド、グル・ベギーやGOING RAVOR、それにVaburuのCDをカセットにダビングしたものだった。
一は幻覚が起こらないうちに目を何とか覚まそうと、ウォークマンのイヤホンを耳に差し込み、音量をできるだけ大音量にして再生ボタンを押した。
最初はグル・ベギーをダビングしており、グル・ベギーの繊細なあのロックサウンドなら、きっと自分の目を一発で覚ましてくれると思った。
音量が大きい為、始まる前の、静かで何も流れない「ジー」と言うテープの音も聴こえてきた。そしてグル・ベギーの前奏が始まった。一が大好きな「ライフ・キラー」だ。
「ジャジャ、ジャーン」と、爽快なエレキギターの音が一の耳に入ってきた。――――これで助かった・・・グル・ベギー・・・感謝するよ――――そう思い安心した時だった。
「鬼月だこらー!!何やってるんだ本城!コラー!!」
突然イヤホンから爆音のような鬼月の声が聴こえた。咄嗟に驚いた一はイヤホンを耳から外した。しかし、外で鬼月の放送は流れていない・・・。
「ちくしょう!!」
当然自分でも既に幻覚を見たのではなく、聞いたのに怒り立ち、ウォークマンを地面に叩きつけるように投げた。ウォークマンは音もなく数メートル先にころころ転がっていく。
――――やばい!くそっ!このまま幻覚に
包まれれば、確実に自分を見失ってしまう。いや、肩に提げているこのファマス5で――――
最後の力と言うのだろうか。一は残り少ない水のボトルをデイパックから出すと、
自分の頭上から水をたらした。「ドボドボ」と命の水は一の髪を濡らし、そして顔に水が垂れてきた。しかし既に一は森林の悪戯に掛かっていた。
ドボドボと顔に掛かる水は、何故だか鉄臭かった。まさか・・・。一は瞑っていた目を開けた。
いきなり真っ赤な世界が広がった。いや、時折見える普通の色の景色と、真っ赤な景色が交差していた。すぐさま一は気づいた。頭上から
垂らしていた水を止め、ボトルを目の前に持ってきた。ボトルの中に入ってる透明なはずの水が、どす黒い血の色をしていて、アゴから手のひらに伝って流れ落ちた
水までも、真っ赤な血の色をしていた。しかもそれだけではない、小さく鬼月の声が聞こえてきて、一が座ってる所のすべてが真っ赤に染まっていた。
空は青いはずが緑色をしており、お腹からなにやら内臓らしき物が出ているし、足には無数の得体の知れない虫が膝の所まで登ってきていた。
幻覚に包まれた一は、五感のすべてが幻覚と戯れていた。視覚、嗅覚、聴覚、感覚、味覚。
幻覚の世界に入り込んだ一は最後の抵抗をした。
「あああああああああ」と、今までに発した事のない叫び声を叫んだ。見える幻覚に怖がってるのではなく、誰かに助けてもらうためだった。しかし逆に殺る気の人間にも見つかる可能性は高かった。
いや、今はそんな事考えてる暇などない。
それと同時に一の体の自由がきかなくなり、そのまま手足が痙攣したまま地面に倒れ込んだ。目は開かない・・・。しかし暗い視覚の中でも、
幻覚は襲ってきた。意識が既にない一はなにが見えるのかさえも分からなかった。当然暗闇の中に樹がいたとしても・・・。
どこから自分は幻覚の世界入っていたのだろうか・・・。そのまま一は森林の悪戯に飲み込まれた。
一が求めていた人間が現れる事も知らずに・・・。
【残り28人】