
第二部
中盤戦
30
辺りは月蝕の闇に包まれていた。静かすぎるこの島で、3人の男子生徒は脱出を試みていた。何もかもが狂っている、この島の中で・・・。
農協に着いた真司、昌二、匠の3人は、数時間前に出会った樹の情報で、農協にあるコンピューターを使って、
廃校にハッキングしようとしていた。
農協の中は、電気は既に点いていて広いコンクリート地面の上に、農作業に必要な大きな機械がたくさんあった。奥に階段があり、3人はまず
警戒しながらコンピューターがある事務室を探していた。この農協に着くまでに多少道程があったが、
3人は決して"疲れた"などの愚痴を飛ばす者はいなかった。逆に友情とも言えるものが彼らを支えていた。
農協に行く道程で何発かの銃声が聞こえたが、助ける暇などなかった。意見が一致してる3人は何とか体制を低くしながらここの農協まで来た。誰かが今も死んでるかもしれない。
だから早く農協に着かなければならなかった。
3人はそれぞれ農協の中を調べていた。中は少しホコリっぽく、湿気が多いようだ。3人はバラバラに周りを見て歩き回っている。
「おーい、こっちだ」
階段の上から匠の声が聞こえた。昌二も上に居るらしく、真司だけがこの広いコンクリート地面の倉庫(?)に居た。
言われるがままに真司は階段を上り、2階に来た。部屋の電気は薄っすらと点いていて、決して眩しくない、暗くない、丁度良い明るさだった。地面は
膚色のペンキを塗ってるようなの地面で、そのコーティングされた地面に、体育館シューズを履いてると、きゅっきゅっと鳴りそうな感じだ。
「こっちに事務室があるぞ」
匠と昌二は手招きをしている。2階は真司が見渡す限りでは部屋が少なく、扉が3つしかない。――――と言う事は部屋は全部で3つか・・・――――通路は
人が3人並んで歩いてもまだ隙間が空いてる位で、隅に扉が並んでいる。
扉は一列になっていて、階段に近い部屋には、
厳重な鍵が掛けられてる。見ると『関係者以外立ち入り禁止』とドアにプレートが貼られていた。真司が辺りを確認しながら匠と昌二の方に歩き出し、
二番目の扉には作業員の休憩室なのだろうか、ガラス窓から見える部屋の中は黒いソファーがガラスのテーブルを挟んで2つ並んでおり、その奥には
ジュースの看板が入った紙コップ式の自動販売機が1つぽつんと置いてある。
そして真司はさらに足を進めて、奥の匠と昌二がいる所まで来た。「ここがそうなんじゃない?」と昌二が話し掛けてきた。指差す方に目をやると、
扉に『事務室』と書かれていた。――――ここだ!――――真司は入ろうと2人に言い、真司を一番先頭にドアを開け、部屋の中に入った。
中は殺風景な雰囲気を醸しでしており、大きなデスクが2つと、その机の上には1つのコンピューターともう1つの机には、
山盛りにある紙と整頓された筆記用具。他には来客用と事務員専用のキャスター付きの椅子が全部で5つあった。それにしても必要な物は
持ち出されているのだろうか、事務室には1つもかわいらしいぬいぐるみがないし、時計は止まってる。しかしそれで真司は良かった。必要なパソコンと
電気があるなら。
「俺は下で見張ってるぜ」と、頼りがいがある言葉を真司に投げかけたのは匠だった。付け加えて「それからハッキングが完了したら言ってくれよ」と
笑顔で言うと、南部14式リボルバーを片手に事務室から颯爽と出て行った。
「昌二はどうするんだ?」
「う〜ん、どうしよっか・・・」
「もし迷ってるなら匠と一緒に居てくれ。俺は大丈夫だから」
昌二はうんうんと2回頷くと、匠と同じく片手にセンチメーターマスターを持って、ゆっくり事務室を出て行った。匠と違って昌二は離れるのが嫌そうな
顔をしていたが、部屋を出て行く直前に、笑顔で「がんばって」と、真司に親指を立てた右手を差し出して言った。真司もそのまま笑顔で「おう」と昌二と同じ様に
右手の親指を立てた。
真司以外の人間が居なくなり、真司は椅子に座り、荷物を足元に降ろした。そしてパソコンが置いてある机に向かって、まずはパソコンの電源をつけた。「ウイーン」と物静かな部屋に
パソコンの起動音が響いた。
完全にパソコンが起動する前に、真司はどうしようか考えていた。このパソコンは外界の大東亜ネットとは繋がってなく、ローカル通信しか繋がっていない。
これじゃあ到底ウイルスを作る材料が手に入らない。既にデスクトップにない限りは・・・。それに廃校の管理システムを壊すにはハックではない。基本的に
ハッキングはデータを盗む事をいい、クラックはデータを壊す事だ。と言う事は今やる事はハックではなく
クラックと呼ぶのがいい。
パソコンの画面が完全に表示され、真司はまずデスクトップの整理をした。中にウイルスを作る材料の素となるものがあるかもしれない。もしあったとしても、
本当のウイルスとはいえないな・・・。しかしどれもこの島に関する情報や、農家についてのデータばかりだった。
次に真司は履歴を調べた。樹の証言によるとローカルができると言う事は、以前にどこかとやり取りをした跡があるはずだ。それにここは自家発電。
それをうまく利用して、指定した場所に安易に電波を送り、交信する事が可能かもしれない。しかも自家発電の場所は少ないだろうし、鬼月がいる廃校だけは
電波がガンガン出ている。よし、やってみるか・・・。
しかし何からしていいのか、手の付けようがない。その時だった。真司の頭に1つの事が思い出された。――――修学旅行のバック――――何て言う事を俺は忘れていたんだと、
真司は急いで足元に置いてあった修学旅行用のバックを拾い上げた。一番強く思った事は――――持ってきて良かった――――だった。
修学旅行用のバックの前ポケットから、1つの茶封筒を出した。この時既に真司は脱出した映像が頭に映し出されていた。0.01%から、一気に
75%、いや、90%になった。
茶封筒を手で契り、中から出てきたのは1つのDISCだった。傷がつかないように紙を折り曲げた物に入っており、真司はそっとDISCを手で取り出した。
DISCの背景色は真っ黒で、英語で『EIZI』と赤い字で書かれていた。その英語を見て少しばかりセンチメンタルな気持ちになった。そのDISCは真司の父であり、大手のパソコン会社の部長である人間のもので、
修学旅行の大東亜都市に行った時に、クラスの友達に見せてやろうと持ってきたものだった。その『EIZI』と名付けられたDISCには、
その名の通り真司の父、浩太郎が作ったクラック・ハッキング対応ウイルス『EIZI』のデータが入ってる物だった。しかしこの『EIZI』の由来は、
死んだ兄の名前だった。兄は真司よりもパソコンが得意だった兄(当時)が、ウイルスを作りたいと努力の甲斐を重ねてウイルスの三分の一のデータを完成した当時に、
交通事故で兄、伊藤栄治は死んだのだった。それの意思をついで父が兄が作りたかったウイルスを完成させたという訳だった。勿論このDISCは
父から内緒で持ってきたものだ。
DISCを見て真司は悲しくなった。思い出した兄の顔が、なぜか今からやるクラックのやる気を消そうとしていた。なぜこんな所に居て、なぜこんな事を
やってるのだろうと・・・。今は亡き兄、栄治を真司はじっと思い浮かべていた。よく考えれば、自分にパソコンを教えてくれたのは兄だった・・・。しかし頭には兄の事よりも、大切な仲間の顔が浮かんできた。
強く信じてくれた仲間。自分に命を預けてるとも言える仲間。その仲間を裏切るつもりか?
そっと真司は手に持ったDISCをパソコンに入れた。「ぎいんぎいん」とデータを読み取る音がまたも静かな事務室内に響いた。マウスを右手に持ち、
データが読み終わるまでじっと待った。
データが読み終わり、自動的にロックキーのダイアロボックスが表示された。暗号か・・・。真司は暗号のパスワードを入れた。
『EIZI』
パスワードは『EIZI』で合っているらしく、OKという文字が画面いっぱいに広がると、次に『EIZI』と言う文字と共にウイルスの想像図なのだろうか、
可愛い2頭身の人間が出てきた。(きっと兄が描いた自画像だろうと真司は思った)なにやらそのバックにたくさんの文字が表示されている。
少しセキュリティが甘いようにも思ったが、実際は家の金庫にあったものだからこんな物だろう・・・。内容よりも外見って事か?しかし休む間もなく、
ある画面が表示された。
『EIZIをこのデスクトップにコピーしますか?』
勿論『はい』というボタンを押した。とたんにデータが送られる絵が出て、すぐに完了の文字が出た。見るとデスクトップの隅に、小さな動くアイコンがあった。
毛が生えた黴のようだ。しかもリアルだ。
これでウイルスはよし。あとは廃校とここの通信をどうやってするかだ。と、真司は安易にパソコンが置いてある机の引き出しをすべて開けた。中には
キーホルダーや紙切れ、それに飴が入っていたが、最後の引き出しには、パソコンの周辺機器があった。これは運がよかったのだろうか。
逆に真司はあまりにも調子がいいので少し怖くなったが、迷うことなくその周辺機器の部品から、電波を飛ばすアンテナを見つけて、
パソコンに差し込んだ。真司がこの島に来て思った事は、島を馬鹿にしてはいけないと言う事だった。思ったよりも
凄くいい部品があったし、島と言う事を感じさせない物ばかりあった事だ。もしかして都会よりも島の方が発展しているのか?
真司は早速と言うように両手をフルに使って、キーボードを打ち始めた。何時間になろうとも、何日掛かろうと、俺は助かる。いや、助ける・・・みんなを・・・。
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