
第三部
終盤戦
39
呪われた人形、"マミー"を抱いて愛は何かを求めて彷徨っていた。次々に起こる不思議な事、自分を殺そうとする人間が死に、そしていつも自分ではない誰かがいる事。
運命と受け止めるしかないのか。最初の神社の事件から普通ではないと思っていたがやはりなにかが違う。自分ではないのだ。
体は自分だが、中身は自分ではない。意識はあるが何かが違う。既に何かに乗っ取られている。訳がわかんない。
そしてここが地図で言うと、一体どのあたりなのかも分からない。自殺したいと愛は何ども思ったが、その時その時になって急に罪の重さに気づいて自殺を諦めてしまう。
普通なら罪の重さを感じて自殺するのだが、逆に言えば罪の重さがあるからこそ生きなければ申し訳がない。そう愛の心の中にいる誰かが呟く。
あたりは光が差し込んでやけに明るい。周りには建物らしきものがなく木や草が生い茂っている。目の前を見ると島の端の方に来たらしいようで海が見える。
いっそここから飛び込んで死にたいぐらいだが、やはりそう言う時にはあの声が聞こえてきた。
【・・・お前は大事なクラスメイトを殺しているんだ・・・このまま死んだらみんなに恨まれるぞ・・・・】
誰の声かもわからない低く濁った男性の声なのは間違いない。まさか今抱いているこの人形の・・・?今や離すに離せないこの人形は気づけばずっと胸に抱いたままだった。
放そうとすれば恋しさがこみ上げてくる。まるで幼い子供が母と離れたくないような気持ちになる様に。愛も今はこれなしでは泣いてしまいそうになる。自分ではそれが
既におかしい事に気がついていなかった。
周りを気にしながら愛は道なき道を進み、やっと池が見える場所まで来た。だがしかし目の前に広がる光景に目を背ける事は出来なかった。
その人間は目の前の池に浮かぶ"何か"を見つめて、膝をついてじっと見つめている。手には拳銃が握られており小刻みにその体は震えていた。
須川奈緒(女子十二番)は池のど真ん中にぷかぷかと浮かぶ、今は青ざめた顔の並木隆を見つめていた。喧嘩もそこそこ強く、部活でもエースとして輝いている
隆に、奈緒は一目惚れしていた。実際この修学旅行で告白しようとは思っていたが、まさかこんな事態になっては告白どころではない。
剣道部に所属している奈緒は男子陣からは人気がなかった。それは、いつも周りにいる男子からの第一声が、『男女』だからだ。剣道部にいるだけで
男子陣は妙に嫌がるし、女が強いというのを否定する。
喧嘩と部活は関係ないと思っている奈緒だが、実際一人の男子に喧嘩で勝った事があり、それ以来強い男に憧れた。
柔道に所属している野嶋小枝子(女子十六番)も男子が言う男女の一人だが、彼女は男女というより『怪物』と呼ばれていた。
少しふっくらとしている小枝子は女子柔道部の中ではトップだった。それもそのばず、女子の部員は小枝子合わせて3人しかいない。強さも男子と変らないぐらい
強く、県大会では3位までいった事もある。それ以来男子から普通の女扱いされる事はなく、男子からは怪物というレッテルを貼られてずっと通ってきた。しかし女子には
人気があり頼もしい人間として存在する。
奈緒もそう言った男勝りのグループに入れられている一人だ。自分ではそうは思っていないが、やはり剣道という一種の武道をしていると自身と
強さが付いて来る。自分よりも強い男こそ自分に相応しい交際相手だと奈緒は2年の時から思っている。
当時も今も喧嘩が最強と噂されている木山には奈緒は恋心を抱いていない。寧ろ怖がっていた。あれは人間ではなく一種の生物だと。木山と名乗る
強い生物。
一方バスケ部所属の神山克人は喧嘩も強くスポーツも抜群、それに成績もいい人間だが、妙に奈緒には合わなかった。すべてがやはり良すぎると返って
怖い。どこか一つ抜けている所がないと奈緒は好きになれなかった。
その理想の相手が隆だった。放送で隆の名前が呼ばれた時は声を出して泣いた。それが奈緒に出来る唯一の思いだった。
奈緒は隆をひたすら探して歩き回った。朝から晩までずっと歩き回った。途中幾つもの銃声を聞いたが、それでも奈緒は恐怖と緊張に襲われながらも探し続けた。
その結果、目の前に浮かぶ隆の死体に少しの悲しみと少しの安心した部分があった。殺されている、というのは奈緒の中では銃弾を浴びて醜い死体になって
いるに違いないと思っていたが、目の前の隆の死体は外傷が見られない。ただ首に青い痣ができており、皮膚よりも腫れて見えていた。
目を半開きにしている隆の死体はずっと空を見つめているだけだった。ぷかぷかと浮かぶ、まるで人形のような隆の死体を見ていると、涙が自然に流れてきて、
心から悲しみが込み上げてきた。幾ら醜い死体じゃなくても、死んでいる事には変わりない。
【さあ今から殺せ・・・今ならいける・・・】
そっと愛の心の中で叫ぶ者の声がした。草むらにしゃがむ愛の体に自然と力が加わり、奈緒に向かって歩き出していた。
――――嫌!――――
愛が必死に抵抗した時だった。愛の目の前に何者かの姿が見え、急に体の力が抜けた。途端に尻餅をつく形でその場に倒れた。
見ると奈緒に気づかれないように忍び寄る長いスカートの女子、寺島留美がいた。片手にバットを持って、肩にはスコーピオンサブマシンガンを掛けている。
その冷酷な目は既に標的しか見えないように、じっと奈緒を見つめて忍び寄った。どうしよう。愛は震えた。2人共銃を持っているが、今助けようとすれば
自分が死んでしまう。しかし今の状態から行けば奈緒の方が断然不利な事に愛は焦っていた。
どうしようかと考えているうちに留美は奈緒の背後まで来ていた。静かなこの時だが、留美は足音一つ立てずに奈緒に近寄っていた。
両手でバットを持ち、ゆっくりと上に持ち上げていく。太陽の光と重なって一瞬愛の顔に影が出来たが、その時見えた金属バットはボロボロにへこんでいて、
血のような赤黒い色のものが付着していた。
このまま逃げた方がいいのか迷っていた愛だったが、腰を抜かしていることにはっきりと気がついてどうする事も出来ない。ただ目の前で起こる光景を
見るしかなかった。
金属バットが急にぴたっと止まったかと思ったら、途端にブンという音を立てて思いっきり留美はそのバットを振り下ろした。
見るも無残に、「ガシュッ」と鈍い音を立てて奈緒の頭から血飛沫が飛んだ。その血が隆が死体として浮かぶ池にピピッと落ち、奈緒は「うっ」と
声を洩らし、
体をグラッと揺らめかせた。
まだ死んでいない・・・。実況席のアナウンサーのように愛は心の中で叫んでいた。奈緒は頭を押えて後ろを振り向こうとした。だがそれに気づいた留美は又もや
バットを両手で大きく振り下ろした。
「ガシュッ」と言うまた鈍い音を立てて、奈緒の体は揺らめいた。留美のスイングもそこで幕を閉じた。バットは綺麗に曲がり、ブーメランの
ような形になっていた。
まだ生きている事に留美は気がつき、バットをそこら辺に捨てると、肩に提げていたスコーピオンサブマシンガンを構えた。それと同時に奈緒も片手で頭を抑えながら
後ろにいる留美に向かってS&WM196インチを叫びながら向けた。
「ちくしょう!」
留美が撃とうとした瞬間に奈緒の体はぐらりと態勢を崩し、池の中にじゃぼんと音を立てて落ちていった。同時に留美の構えていたスコーピオンサブマシンガン
が火を噴くが、銃弾は見事に奈緒がいない所に当たった。撃った所が草だった為、葉っぱは原形を無くしており、土は深く抉れていた。
池に大きな波紋を立てて沈んでいった奈緒は、体が上がってくる前に真っ赤な血が池に浸透し、透明だった池が一瞬で血の海になった。すぐに奈緒の体も池に
浮かび上がったが、その姿は白目を剥いて頭がパックリ割れていた。中からは脳みそと血がどろどろと池に流れる。
がくがくと震えて動けない愛は瞬きをするのも忘れて、何ども先ほどの光景が頭に過ぎった。幾ら早送りしても、そのテープ自体にその映像しか映ってなかった
為に、何ども愛の中で殺しの瞬間が映し出されていた。
奈緒が死んだことを確認すると、留美は一度奈緒が握っているS&W M19 6インチを取ろうとしたが、やはり留美でも奈緒の死体はきついのだろうか、取るのをまじかでやめると、
周りを一瞬見てから元来た道に態勢を低くして走って行った。
一瞬の出来事が、今の愛では人生最大の長い恐怖に思えた。今まで目の前で死んだクラスメイトよりも、相手が殺す瞬間は凄い刺激があった。
がくがくと止まない震えに両手を押え合い、何とかして止めようとするがやはり止まらなかった。既に心は落ち着きを取り戻していたのだが
どうも体がまだらしい。それだけならまだしも、震えが止まらないこんな時でも、自分の胸にあの呪いの人形を抱いている事に愛は驚いていた。
このままずっとじっとしていたい。その気持ちが何故か睡魔につながり、震えが止まらない内に愛はばたりとその場に横たわった。急激な眠気が
襲うのと同時に体が動かなくなっていた。
このままどうなるんだろう・・・。愛は素朴な疑問を抱いて深い何かに吸い込まれて行った。
その光景は、人形を抱いた人形のように眠る一人の少女の様に見えただろう。
【残り20人】