第四部
フィニッシュ
53
「樹!」
D=7の雑貨屋では銃声が飛び交っていた。その中でも複数の生徒を集めた花火。それを打ちあげようとした影野樹は天美の前から姿を消そうとしていた。
木山に襲撃されたものの、茂みから出てきた早名に助けられる形となり、樹を乗せた爆弾軽トラックは今、廃校に突っ走って行った。一体何を考えたのか、
軽トラのスピードはおろか、進むコースまでもが普通ではなかった。
「樹っ!」
天美が幾ら叫んでも樹を乗せた軽トラは止まらない。いや、それよりも早名と木山の撃つ銃声で揉み消されていた。
死なないで・・・。天美はただそう思うしかなかった。樹はみんなのためにやってくれた。樹は私達を助ける為に命を賭けてくれている。
もはやどうする事もできない天美は自分自身を責めた。
――――どうするの私?どうしたらいいの私?一人?また一人?――――天美が考えれば考えるほど自分の中で幾つもの人格が出てくる。それを
押さえようと必死になる。
周りでは早名の撃つサブマシンガンの連射音が天美の耳に響いた。又、木山のキングコブラも、耳の奥底に入っていくように響いていた。そう、
目の前では戦いが繰り広げられている。参戦か?それとも観戦か?天美はまたも考えた。
その間デザートイーグルはしっかりと手に握られていた。樹を乗せた軽トラは茂みの中へと姿を消している。
「樹・・・」
じっと天美は茂みの中を見つめた。その時だった。
「ドン」と、すぐ側で何かが壊れる音が聞こえてきた。何の音かと天美は右に首を回した。
天美自身に被害はないが、そのすぐ側の雑貨屋の壁にぽつんと1つ空洞ができていた。そこから薄っすらと煙が出ている。
大きさはほんの指先程度で丁度弾が入るくらい・・・。
「とうとう見つけたわよ・・・神楽・・・さん」
天美が雑貨屋の壁から目線を外し、声のする方へ目線をやった。そこにはゆっくりと歩いてくる、
右手を後ろに回している牧野つくしの姿があった。背は女子の
中でも低く、それでもって童顔。好き嫌いがはっきりしているタイプの人間。天美には彼女を好きにはなれなかった。
「ま、牧野さん・・・」
はっきり言って苦手なタイプだった。
「こんばんわ。それともおはようかしら?まあどうせ貴方はここで私によって殺されるんだからどっちでも・・・いいけど!」
つくしは天美の近くまでくると、後ろに回していた右手を瞬時に天美に向けた。その右手には黒いジグ・ザウエルP230 9oが
握られていた。そのジグ・ザウエルからは今にも銃弾が飛んで来そうな雰囲気だ。その勢いに天美は圧倒され、その場から一歩も動く事ができなかった。
「な、なんの真似よ!やめてよ!ねぇ、ねぇったら!」
「ごちゃごちゃうるさいんだよ!」
一変に鬼のような人相に変わったつくしは、天美を睨みつけた。なにが。いったい私がなにをしたって言うの?天美はじっとつくしの瞳を見つめた。
「そうねぇ。今すぐに死ねるんだから言ってあげるわ。私をここまで怒らせたのは、あんた自身よ。あんたさえいなくなればすべてがうまくいったのよ!
だから殺してやるわ!」
「私が何をしたっていうの?」
天美の冷静な言葉に一呼吸置いて、つくしは淡々と喋った。
「フフッ、なら教えてあげるわ、すべてを。そう、あんたも知っての通り、私はあんたの付き合ってる影野君が好きよ。大好きよ。
2年のときから思ってたけど、一向にあんたと影野君は別れる気配がなかった!だから私は噂を撒き散らしたのよ。けど、それも無駄だったわ。
かえって友達に告白もできないのねぇって言われて嫌われたわ!だから最終手段として私は影野君に告白したのよ!フッ、でも結果は同じだったわ!
その時ある理由に気がついたのよ!それはあんた!理由はただ一つ!神楽天美がこの世に存在するからよ!」
それで思い出した。すべてを。
「B組の牧野が影野と体の関係を持ったらしいぜ」
そんな噂がどこからか聞こえてきた秋。
落ち葉が校庭に舞い散り、秋色に染まりかけた空はなぜか悲哀に包まれていた。寒くもないし、暑くもない。ましてや春のように暖かくない。どちらかといえば次に
起こる何かを予感させるような冷たい空気だけが漂っていた。
「樹?本当なの?」
「は?何を言ってるんだ?そんな事ある訳ないじゃないか。100%な。それに俺は牧野と話したことも殆どないんだから・・・そんなのが噂になってるのか?」
樹本人はつくしが流した噂を知らなかったらしく、全く持って否定した。それで当然だった。況してやもしも「ああ、関係を持った」と言われれば、天美の
精神はボロボロになっていただろう。
それがきっかけとなって樹はつくしを叱った。だがつくしのラブアタックは強まるばかりだった。そこまでして何がしたいのか。それはきっと
樹が好きなのだけではなく、その付き合ってる彼女、神楽天美に対する嫉妬がつくしの行動をより強くしていったのだろう。
しかし天美もつくし以上に樹が好きだ。誰にも負けない。そう、そのためなら言い合いでも殴り合いでも・・・。
「ドンドン!」
突然つくしの構えていたジグ・ザウエルが火を噴いた。じっと天美はつくしのジグ・ザウエルを持つ手を見ていたため、
危機一髪銃弾を避けた。スッと体勢を低くし、自分に弾が当たっていないことを確認するとすぐにつくしへ飛び掛った。
「私が何をしたって言うのよ!」
天美はつくしの腰に抱きついてタックルをかました。ドスンと、二人は一瞬宙に舞うと地面に落下した。その時「コト」っとつくしの
持っていたジグ・ザウエルが手から離れた。
「私は樹のことが好きなのよ!」
天美はつくしの体に馬乗りになり、持っていたデザートイーグルをつくしに構えた。と、同時につくしもなにも持っていない右手を
自分の腰に手を当てた。
「私の方が影野君の事を好きなのよ!あんたは邪魔なのーーーーーーーーーーー!」
最後の言葉は既に"の"ではなく"あ"に変わっていた。その言葉と共につくしの右手には薄っすらと血塗られた包丁が握られていた。そしてその
包丁は、体の上に乗っている天美へと飛んだ。
「ブシュッ」と大きく円を描くようにして天美の腹にはつくしの刺した包丁が浸かる様に刺さっていた。天美は銃の引き金を引く事無く、
腹に来る急激な痛みでつくしの体の上から離れ、同時に手に持っていたデザートイーグルが地面に落ちた。
「ぐっ、がっ・・・はぁ、はぁ」
「あんたは終わりよ!あの世でいままでの償いをするのよーーーーーーーー!」
つくしは素早く体を起き上がらせ、痛む腹を押える天美に突進した。いや、体当たりとは違っていた。とてもつくしの小柄な
体とは別に、もっと大きななにかが一緒にぶつかって来た。
どすっとつくしは天美の腹に刺さった包丁の柄を持った。そして手にめいいっぱいの力を入れた。「ぐちゅ」っと天美の腹からは大量の
血が流れ出し、包丁は柄のすぐ近くまで刺さっていた。
「これで私は石上さんを殺したのよぉぉぉぉ!」
「ぐ・・・」
天美は仰向けになって地面に倒れた。しかしまだ息はあるらしく、今だ包丁が刺さった腹を必死で押えている。痛みを消そうとしていた。
「フフフ、ハハハハハ。これが私が味わった苦しみよ!どう!痛いでしょ!でもそれももうすぐで終わるから!」
つくしは最後の始末として天美が落としたデザートイーグルを拾い、蹲っている天美に向けた。
「さよなら神楽さん。私の人生の中でも
結構なスパイスだったわ。あの世に行っても覚えておくのね。『影野君は私が好き』だってね・・・」
銃の引き金をつくしが引こうとしたその時、つくしの背後で「牧野ぉぉ!」と声が天美に聞こえた。それは間違いなくつくしにも聞こえていただろう。
そのあと朦朧とする意識の中、天美の耳元で数発の早名と木山が撃つ銃声とは違った、もっと大きい銃声が聞こえた。
――――私、間違っていたのかな――――
天美は誰でもないものに向かって問い掛けた。もしも目の前にクラスメイト全員いたら、絶対樹に問い掛けていただろう。既に頭が
白い垂れ幕が巻かれ、一体自分がなにを考えているのか、考えてるのかも分からなくなってきていた。そこには『死んでいく』という冷たい文字が
並んでいただけだった。
「ドォォォォォン」
突如森林の奥から爆発音が聞こえた。すべての終わり。この世の破壊。そういったものを思わせる今の爆発で、天美の思考回路は少しだけ
正常になった。
「ぐぐぐ・・・ああっ」
天美は上半身を起き上がらせると、腹に刺さっている包丁の柄を持ち、そのまま手に力を入れて一気に引き抜いた。「グチョ」と
気色悪い音が腹から出た。自分が何をしようとしているのか
まったく分からない。ただこれが本能なんだと天美は思った。
そのまま引き抜いた包丁を目の前に立っていたつくしに向けた。つくしは先ほどの包丁を抜いた音で気がついたらしく、既に天美の方へ
振り向いていた。――――好都合――――その文字が天美の真っ白い頭の中で表示された。
「あんたなんかに樹は渡さない!」
口から赤い血と出た言葉は、唯一自分で考えて選んだ言葉だった。体は風を切り、その手に持つ血まみれの包丁はつくしに向かって行った。
「ドシュッ」
思いっきり天美は自分の全体重をつくしに当てた。手に持った包丁はやわらかい所に刺さり、そのままつくしを下敷きに
倒れた。
「ぎゃぁ」
つくしの小柄な体から発せられた悲鳴はすぐに止んだ。「うぶっ」と、口からぼこぼこと血が湧き出た後、つくしは目を開けたままばたりと首を傾けた。しかし天美の手は
つくしの腹に刺さった包丁を放さなかった。いや、押し込もうとするのではなく、ただ単に手から包丁を離さないように、柄に力を入れていただけだった。
「か、神楽さんっ!」
茂みの中から誰かが自分を呼んだ。すっと顔を上げて見た。
――――本城君――――
しかし天美の体は時間切れとなった。すぐにこちらに向かってくる一から目線を外し、抱きついて倒れていたつくしの体からゆっくり離れた。
そのまま立ちあがろうと全身に力を入れた途端、天美の体は崩れるように地面にへばり付いた。誰もが邪魔だと言ってる雑草も、今はふさふさとベッドのように体を安らげてくれていた。
「ごろっ」と天美は仰向けになり、薄暗い空を見た。
自分で心臓の鼓動がどんどんと遅くなっていくのが分かった。
――――ドクン、ドクン、ドク・・ン、ド・・・ク・・・ン・・・・――――
最後を告げるように、天美は一言だけ樹に叫んだ。いや、叫んだつもりだった。だが既に声が出ない。それよりも体が動かなかった。
そして薄っすらと見える夜空は綺麗だった。もうすぐ明ける夜空は黒でもなく青でもない。
――――せめて、朝の空が見える時間まで生きたかった・・・・樹と――――
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