第四部
フィニッシュ
59
「ちゃんちゃららんらーん。らりらり〜ん」
楽しそうな声で鬼月の放送が始まった。椎名瑞希に別れを告げた一はその声ではっとした。――――そういえば今、何人残ってるんだ?――――
「午前6時になりました〜。おーい、元気か〜お前ら〜。はっはっはっ。まあお前らって言っても残りは二人しかいないんだけどな。随分と
待ちくたびれたぞ、本城に岩下」
「!」
その言葉を一はすぐには受け止める事ができなかった。極悪と呼ばれた木山を殺し、その代わりに瑞希が死んだ。残りはあと数人ぐらいだと
予想はついていたが、まさか自分と岩下の二人だけなんて。一は大きく息を吸った。深呼吸にも似た動きをしながら精神を
落着かせようとしていた。
「とまあ二人だから、先生はあえて死亡者と禁止エリアは言いません。もう二人なんだからさっさとやっちゃえよ。それかなにか?
禁止エリアに自ら入って死ぬか?それもいいことだと思うぜ」
もう少し、もう少し聞いていたかった。このときばかりは鬼月の放送を今まで以上に一は真剣に聞いていた。だが、もう一人は
そのようでもなかった。
「あっ・・・」
突然一の背後で声がした。
「はっ!」
その会ってしまったというような声に驚き、一はすぐに振りかえるなり、持っていたファマス5をそちらに向けた。誰だとは言わない。
もうこの島で生き残ってる生徒は自分と・・・・。自分と岩下愛だけなのだから。
「い、岩下さん・・・・」
既に空は明るく、ちゅんちゅんとすずめの鳴き声が聞こえてきそうだった。風が冷たく、頬に強く当たる。
「本当に・・・私と・・・本城君だけなの?」
一から見た愛はボロボロだった。疑心暗鬼なのは皆一緒。胸にはしっかりと呪いの人形が抱きかかえられているが、これまた凄いことになっていた。
人形が血まみれで、更には愛のセーラー服に大量の血が媚り付いていた。まさか人形だけで人を殺したのか?それとも制服の中に拳銃でも・・・。いや、たまたま
死んでいく人間に会って・・・。
そんな事どうでもよかった。この時ばかりはどうでもよかった。いつも一生懸命な一は生まれ変わろうとしていた。いや、もしかすると
既に生まれ変わっていたのかもしれない。
「そうみたいだね・・・・」
随分と遅い返事を一は愛に向かってした。その言葉と同時に愛に向けていたファマス5を地面に向けた。
「・・・・」
少しの沈黙の後、一は言った。
「・・・・休もうか・・・・?」
その言葉はとても親切で、とても冷酷な言葉だった。きょとんとした愛だったが、少し考えた後、ようやくゆっくり頷いた。
何が大切で、何が親切なのか。
その人は今何を求めているのだろうか。
不意に一は敬二の形見、ジグ・ザウエルP230 9oを思い出し、何かを決意しながらつくしと天美の死体がある元へ、拾いに駆け寄った。
「大切なもの・・・・」
一体自分は今、何が大切な事で、何がどうでもいいことなのか。それすらままならない。
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数十分後、二人は歩いてD=11の浜辺に来ていた。遠くに誰かの死体が見えたが、あえて二人は口に出さなかった。
一と愛は砂浜に腰を下ろして座っていた。漣が聞こえてきた。更には潮の香りも。
「あそこに見える島ってなんだろうね」
「え?」
一は指を指して言った。その先には砂浜から近く、そして遠く見える雲がかかった島が見えた。黒いシルエットの中にも
緑色の森林が見える。一体自分は何を話したいんだろう。そして何をここで言いたいのか。
「岩下さんの武器ってそれ?」
「・・・うん」
ぎゅうっと胸に抱いている人形はどこか切なかった。古いような、脆いような人形。
「ほ、本城君の武器って・・・・それ?」
まだなにかに怖がっているように、愛は恐る恐る一に質問した。指は指してなかったが、視線はちゃんと一の手元にあるファマス5に
向けられていた。
一はこんなにも弱々しい愛と、あの一生忘れないであろう牧野つくしを重ねた。だから一自身それが恐怖となっていた。裏がある、裏を見せるまで
油断はできない。
「朝だね・・・」
今度は愛の方から話し掛けてきた。朝だね。なんて言葉は滅多に言わない。人生の中でこんなゲームをするのなんて、
一生に一度もあってほしくない。
「朝って綺麗だね・・・」
何を言ってるんだ自分は!?一は混乱していた。くさい言葉がなぜか口から出る。だがその言葉は嘘ではない。
毎日の生活の中、朝なんて当たり前のように来ては過ぎ去り、また朝が来る。毎日「今日は新しい朝」なんて事は言わない。しかし
ここでは違っていた。今の太陽は癒しの源。朝と呼ぶに相応しい朝。こんな日は布団干さなくては。
「こらぁーーーーーー」
いきなり何処からともなく声が聞こえてきた。もううんざりというように、その声は聞き慣れすぎていて、更には腹が立つ。鬼月
の声は怒りが混じり、更には焦ってもいた。
「お前ら何やってんだぁ!せっかく会えたんだから殺しあえ!本城!てめえのその銃で岩下を殺せ!」
だが、二人は驚かなかった。驚く事すら忘れかけていた。もういい。すべてを投げ出したい気持ちでいっぱいだった。
「俺このゲームの中で大切な友達を何人も無くした・・・。岩下さん、その気持ち、分かるかい?」
「うん」
「大切なモノを守ることは言葉だけではないんだ。本当に守る、守らなければならない時には必ず体が動いているんだ。たとえ
それが死に関係するとしても・・・・。俺はダメだ」
「え?」
一は俯き加減で言った。
「守ってやるはずが、いつも守ってもらう側になってるんだ。そしていざ守ってやろうとしても、いつも遅い。その人が死んでから
復讐してもなんの解決もならないのに・・・・ならないのに・・・・、そうしなきゃ腹の虫が治まらないんだ・・・」
「・・・・」
愛はじっと一を見つめた。真剣な眼差しで。その顔は納得と、同感と言う言葉が思い浮かぶ。
「俺、このゲームの中で恐れた事があった。それは殺しあうという行為ではない。本当の自分だったんだ・・・」
「本当の自分?」
「・・・ああ。クラスメイトからは"いい人、いい人"と囁かれ、更にはなりたくもない学級委員にもなって、そのままみんなの期待通りに
俺は生きてきたんだ。だが、それは本当の自分ではないんだ。もっと幼い頃にだったら分かってたんだけど、この年まで
仮面被ってると、本当の自分の顔がわからなくなってたんだ。だから仕方なく仮面をつけて中学も行った。親切と書かれた仮面をね」
「本当の本城君ってどんな人なの?」
「?」
一瞬戸惑った。今の自分は本当の自分ではない。だが本当の自分とはどういう人間なのか、言葉ではよく説明できない。誰だってそうだと思った。
「わ、分からない。実際そう言われると本当の自分を失っている俺には、言葉で表すのが難しいんだ。
だから俺は怖いんだ。本当の自分が出てきたとき、それはどんなやつで、どんなことをするのか、想像するだけでも怖くなるんだ・・・」
「私も・・・・そうだよ。実際、私も裏表激しい方だから・・・。いい言葉は言えないけど、"もっと気楽に生きれば?"って・・・
お母さんにも言われたの。これ結構私気に入ってるんだ」
愛は思い出していた。中学一年の時、友達に言いたいことを言えず、自然に友達が離れていく。なぜにも
自分はもじもじとしているのだろうか。家の中ではたくさん喋ってるのに、学校では言いたい事を言えない人間だった。
もう死のうかと考えていた。
そんな時、愛の母は言葉を掛けてくれた。その言葉は生きる勇気、もう少し生きてみようかな、と言う勇気が沸いてくる言葉だった。
「・・・・」
一は見た。愛の笑顔を。自分と同じ様に、本当の自分を出せないでいる人間を。作り笑いをしてみんなと話をあわせている。もう
死のうかと思ったことが何度もある笑顔。同じ境遇の人間にはわかる。一は悲しかったと同時に、安心した。
「・・・そうだ。本城君は、クラスに好きな子とかいるの?」
ここがデスゲームの会場だと言う事を忘れた瞬間。一の心には一人の人間の名前が浮かんだ。思えば思うほど胸が苦しくなる。
「椎名さん・・・かな」
自然にその時ばかりは出た。自分の思いのまま、心の言葉が口を通して出た。それを聞いて愛は少し驚いたが、すぐに微笑みながら
答えた。
「そっか・・・・」
「岩下さんは?」
「私?」
「いないの?」
愛もこれまた一と同じような気持ちだった。死んだ人間だが忘れられない。死んだから忘れられない。
村瀬淳也。一体この名前を何度叫んだだろうか。自分のせいで死んだのか。それとも事故だったのか・・・。
「私の好きな人は・・・・村瀬くん」
「淳也?」
「・・・うん」
やはり女の子だ。一は照れながら言う愛に対して思った。自分がこの時決意した言葉だけは、まだにしようと必死に押しとどめていた。
「質問していい?」
「ん?何?」
「あのね、もしも、もしもここを出て家に帰る事ができたら、本城君はなにをまず最初にする?」
その質問も心の中で何度も繰り返していた。自分で質問しては自分で答える。
「そうだな・・・。まず最初に冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して飲むな・・・」
「ふふっ、なにそれ」
そう言えば丸一日ぐらいなにも口にしてなかったっけ。もう精神状態はボロボロで何がなんだか分からなくなっていた。だが
食欲はある。もしも家に帰れるのならば、まず水をたらふく飲むだろう。暴飲暴食。これはある意味いいかもしれない。そう一は考えていた。
「おかしい?じゃあ岩下さんはどうするの?」
「私?私はね・・・。ん・・・・水かな」
「なんだ!同じじゃないか」
一が笑い、愛も笑った。この時愛も一と同じ事を考えていただろう。水を飲んで、次に食べ物を食べる。今ならどんなまずい食べ物でも
おいしく食べれるだろう。
時間は刻々と過ぎていく。どんどんと空は明るくなり、暗かったモノはすべて見える。更には波がキラキラと光っていた。一体
何十分、一と愛はこの砂浜で話し合っただろう。時は止まらない、ある意味それは死のカウントダウンでもあり、同時に優勝者が決まる
カウントダウンでもあった。
「・・・」
一はふと腕時計の針を見た。――――7時11分か・・・・早いな、時間って――――
「岩下さん、俺は君と二人で話し合ったことは忘れない」
「ど、どうしたの急に?」
急に何かがおかしいと感じた愛は疑問に思った。だが心の奥底ではなんとなくわかった。時間が過ぎたところでなんの解決にも
ならない。優勝者は一人。はたまた一と心中するか。殺し合うか・・・・。
「君と俺しか残っていないと鬼月が言った時から決心していたんだ・・・。君が優勝してくれ」
はっきり言って凍った。全く暑さをものともしない冷たさ。体の何処からか湧き出てくる冷たい冷気。愛の体は
固まった。
――――優勝してくれ――――
この言葉はどんな意味?
なんなの?一体私になにをしろと言うの?
優勝って・・・・優勝って言う言葉、もういいよ・・・・。
又、一自身は、この言葉に二言はなかった。後悔もしていない。だが、もう一人の一と呼ぶに相応しい人物は叫んだ。
『いいか一!馬鹿なことは止せ!俺がいるじゃないか。俺を使って目の前の弱者を撃ち殺せ!木山の頭をぶち抜いたように
もう一度お前の本性をここで出すんだ!お前は殺人鬼!お前は生きなければならないんだ!』
ファマスは叫ぶが、今度ばかり一にはまったく通用しない。更には一の方から反抗的な言葉が飛び交う。
「うるさい!俺は俺だ!すべて俺の意思で動く!」
『ふっ、何を言ってるんだ!ここまで生き延びたのは誰のおかげだと思ってるんだ!』
「だまれ!」
『お前はマンガのキャラクターではないんだぞ!ここまで生きといて、じゃあ死にますとはどういう事だ!
それなら、それなら俺がもっと早くお前を殺しておくべきだったな!!』
「・・・俺も、いや・・・・僕もこんなことは嫌だよ!だがこのゲームで死ねるなら悔いはない!親友が
眠るこの地で!そして僕はこのゲームのおかげで、本当の自分を見つけられた!だから!だから俺は・・・」
愛は目の前で立ち尽くす一を見つめながら、自分も同じ様に立ち上がった。すっと疲れていた腰がうなり声をあげた。
「シュ・・・・ジャボン!」と、一は立ち上がるなり、ファマス5を海の方へ思いっきり投げた。その時「くそっ」と
小さな声が愛には聞こえた。
「冗談はやめてよ本城君!」
「冗談じゃないさ。僕はいつだって本気だ」
「死ぬ事ないじゃない!」
「・・・・じゃあ。じゃあどうしろって言うんだよっ!!俺かあんたが死ななきゃ!このゲームは一生終わらないんだ!
じゃあ心中しようってか!それは俺がゆるさない!だれか、だれか一人生き残って!そして、そして死んだクラスメイトの
意思を継いで生きてもらわなきゃならないんだ!!」
その時、愛は初めて一の泣き顔を見た。それがどういう意味なのか。すべて分かった。
「さようなら・・・岩下さん・・・」
「え?」
涙を流しながら一は、持ってきた敬二の形見、ジグ・ザウエルP230 9oをポケットから取り出し、自分のこめかみに当てた。
「俺は最低な男だよ。いい人ぶっていたけど、もうそれもお別れだ。俺はみんなが眠るこの島で、みんなと共に死ぬ。それは
ずるいことかも知れないな。だが俺は君に生きてほしい。そして、この戦いで得たたくさんのものを生かして、強く、逞しく
生きてほしい・・・・・・・・。たぶん・・・これが最後の僕のお人よしの行為だね・・・・」
「いやっ!ダメーーーー!」
咄嗟に愛は抱いていたマミーを捨て、銃口をこめかみに突きつけていた一に駆け寄り、腕を両手で必死に握って止めた、はずだった。
だが既に一は、「ありがとう・・・・」と呟いた瞬間に引き金を引いていた。
この行為が愛に降り注いだマミーの最大の効果だった。呪われた人形は、決して幸福を呼ぶ事はない。況してや、
本人が笑顔を作る事さえもできない不幸が、その人形、マミーの効果なのかもしれない。
「パァン!」
すぐ側にいた愛には耳鳴りと同時に、一の血が顔に付いた。
それが最後のお人よしと呼ばれた人間、本城一の最期だった。彼には迷いはなかっただろう。このゲーム内で極端に成長し、
自らの命を絶った。愛は忘れはしないだろう。本城一を・・・。
「いやぁあああああああああああああああ」
どこからともなくクラッシックが流れ、鬼月の感性豊かな声が島全体に響き渡った。
「よーしっ!岩下、よくやった!グレイトな戦いをありがとう!今からそっちに行くからな!」
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気が付くと愛は人形「マミー」を抱き、鬼月の後ろで、専守防衛軍兵士二人に両側から挟まれて歩いていた。
右こめかみ辺りには赤黒い一の血がべっとりとついており、不思議な事に、ショートヘアーだった髪が、今ではなぜかぼさぼさの
ロングヘアーになっている。
近くに浮かんでいた中型の船に乗り込むと、すぐさま一緒にいた専守防衛軍兵士は愛の周りを囲んで座った。中には肩に手をやって揉み解す兵士もいた。
側にいた鬼月は、いつもの様にタバコを取り出して吸い始めた。船がゆらゆらと動き出すと、囁く様に愛に言い放った。
「お前はよくやった。これで、人形の
効果は絶大とわかったからな・・・。まあ、お前はお前なりの攻撃で、クラスメイトを殺したんだ。もう安心してその薄汚い血を落とせる。よかったな」
殆ど言葉を理解できないほど放心状態だった愛は、一人頭の中で考えていた。
本当にこれでよかったのかと。
答えなんてまだ見つかりそうにもない。だがどんなに辛い事があっても、変わらないことが一つだけあった。それは、愛が見たクラスメイトの生き様。ただ、
やはり人形は胸に握り締められていた。
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翌日のあるニュースでは、早速ベテランの男性アナウンサーが、スーツ姿で原稿を読んでいた。
「三年ぶりに香川県で行なわれた"プログラム"が昨日午前七時十二分に終了されたと先程、政府及び
専守防衛軍より発表がありました。終了時間についてはなにかのトラブルがあり、正確な時間が
分からなくなっていたようですが、現在の報告では午前七時十二分、午前七時十二分となっています。えーそれから対象
となっていたクラスは善通寺市の善通寺第四中学三年E組です。発表されていなかった実施会場についてですが、
多度津町沖四キロの志高島でした。繰り返します、多度津町沖四キロの志高島です。優勝者決定までの所要時間は
三日と七時間四十三分でした。そして本日遺体の回収、検死が行なわれたとのことで、それによると死亡した
生徒三十八人の推定死亡原因は次の通りです、銃弾による死亡十七人、刃物による死亡九人、
鈍器のようなものによる死亡五人、窒息死三人、弓矢による死亡一人、開始前の死亡一人、原因不明による死亡二人と
なっています」
このニュースはどのチャンネルでも同じだろう。
時は流れ、また同じ事が繰り返される。誰かが動いたとしてもそれは無謀というもの。
大東亜共和国、その国は政府中心に回っているといっても過言ではない。思いのままに、子供たちの夢と
希望を奪っていく政府達は化け物よりも怖いと誰もが言うだろう。
善通寺第四中学三年E組の死んでいった生徒たちは、悲しくもなく、楽しくもなく、ただその悔やみとも
いえる怨念だけが志高島に残り、岩下愛の優勝を祝福しているだろう。そして忘れないであろう、愛は
このクラスでよかったと。
【残り1人/ゲーム終了・以上第四中学三年E組プログラム実施本部選手確認モニターより】