〜本城一の場合〜
青い空に頬にあたる心地よい風。
一はそんな朝を迎えた。今日も同じ日々。そんな人間とは違って一は毎日が新しい日だと思っていた。どんなに毎日
同じ行動をしていてもカレンダーの曜日は変っているし、明らかに昨日と違う何かがあった。しかし朝の早起きは苦手だ。
「こらっ、起きろ」
寝ていた布団を剥がされ、体に圧し掛かる布団の重みが消えた。逆に冷気とまで言える風が、一の体にガンガンあたって寒い。
それに顔には何者かの足が圧し掛かっている。
「やめろよ・・・」
足を乗っけてニヤニヤしているのは一の姉、本城茜だ。茜は一とは一つ違いの兄弟で、仲が良いとよく近所から言われる。そして朝が苦手な
一は毎日茜の足によって起こされる。母は毎朝早くに警察官の父と茜のお弁当を作っていて、茜が母の手伝いをしている。
いつものことだが毎回この足がなければいい朝を迎えられる。と一は毎日思う。
「ああ〜やめろ〜。起きてるよ。ったく、朝早くから人の顔に足乗っけるんじゃねーよ」
足を一の顔から除けた茜は笑っている。家の中ではお調子者だが、学校では真面目な学級委員をしている。
「ははっ、一がもう少し早く起きていればこう私も毎日あんたを起こさなくて済むのよ。昨日遅くまで起きてたからでしょ」
「うるさいなー。お前は母親か」
「はいはい、その言葉は聞き飽きたわ。はいそこ退いて、布団畳まなきゃいけないから。はい、どけっ」
既に制服姿の茜はそのぴっちりとしている黒いハイソックスを履いた足で、まだ横になっている一を軽く蹴った。それから茜は慣れた手付きで布団を畳んでいった。
「姉ちゃん絶対嫌われるぞ」
「残念でしたー、友達は沢山いますよー」
眠い目を擦りながら一は近くにあった時計を見た。――――6時50分か――――
「茜ー、お弁当できたわよー」
「はーい」
茜は腕に巻いた時計を見ながら母がいる台所にそそくさと向かっていった。茜が通う高校はここ善通寺ではなくその隣の丸亀にある。そのためいつも
朝ごはんを一は一緒に食べた事はなかった。
大きな欠伸をしながら遠くで母と茜の声がした。それもいつもの通り。ゆっくりと体を起こし、居間に向かうと父が新聞を見ながら朝飯を頂いていた。
「それじゃあ行ってきまーす」
「気をつけるのよ」
急いでいるのか、いつも茜は急ぎ足で玄関を出る。その面一はマイペースだ。2,3年と学級委員の一だがこれと言って勉強も普通だし、いつも正しい生活を
しているのでもない。タバコを吸った事も何度かあるしロックも大好きだ。遅刻する事もある。それなのにどうしてかいつも学級委員に選ばれる。その
理由をいつも遊んでいる敬二に聞くと「ん〜、なんて言うかな。一には人と違うオーラが出ている」と言われ、部活で樹に訊いても「
一には学級委員になる素質がある。それに今自分は気がついていないだけだ」とよく分からない事を言われた。どれもピンとくる答えが無かったが学級委員も
悪くない。それだけみんなから信頼されている事だと思い、納得した。
「・・・一起きたのか?おはよう」
食後のコーヒーを啜りながら父は一の顔を見た。父は警察官の為に厳しい面もあるが正義感がとても強い人間だ。ロックは許してくれているが
お金の貸し借りや友達と喧嘩したりと、そういった事にはすごく厳しくなる。自分も将来そうなるのかと内心少し不安を抱いている。
「うん・・・おはよう」
その場に座り、テーブルに置かれたラップの掛かったお皿が数々並んでいる。
「お母さーん。ご飯」
一は玄関にいた母に向かって叫んだ。「起きたの?」と母は訊きながら台所に向かって行き、ジャーの中からご飯をお茶碗に盛り、一の前に置いた。
そのあとコンロの火が点く音が聞こえ、味噌汁と箸、暖かいお茶が運ばれてきた。これで朝ごはんは全部だ。いつもおかずはお弁当に入れる残り物ばかりだ。でも
もう慣れた。ご飯派の一にとって毎日暖かいご飯が出るだけでも嬉しい。
皿に掛けていたラップを取り、箸でおかずをつまみ出した。今日はウインナーに金平牛蒡、それに目玉焼き、菜っ葉の胡麻和え、漬物だ。半分脳みそが
寝ているだけあって一分前につまんだおかずが何だったか忘れてる。
ふとテレビの電源を入れるといつもの様にニュースキャスターがニュースを読んでいる。芸能が何とか政府関係がなにやらで盛り上がっている。無論ロック
のことは無い。このテレビに出ているニューキャスターは笑っているがその笑いが逆に恐ろしいほど怖い。
事も済み、一は学校へ行く支度をし始めた。急がなければ遅刻してしまう。サッカーや野球部のようにバレー部は朝練が無いだけ幸せだ。
最後に制服のボタンを閉め、黒いカバンに黒いリュックを背負い玄関に向かった。父は既に仕事に行っていることにこのとき気づく。まだ頭が正常に回転していない。
いや回転度数が弱くて他人の事など考える暇がない。
「それじゃあ行ってきます」
居間に向かっていうと母が駆け寄ってきた。
「はい、気をつけて行ってらっしゃい」
玄関のドアを開けると凄い勢いで体に冷気が張り付いてきた。外は相当寒い。息をすると白い煙のように見えては消えていく。一は急ぎ足で学校に向かった。
さすがに通学路に中学生は少ないが、黄色い帽子を被った小学生が楽しそうに歩いていた。
********************
学校の門を潜り抜け、階段を上り、三年E組と書かれた教室に入った。わいわいとクラスメイトがにぎやかに談話を楽しんでいる。
まだ優司先生が来ていないようだ。セーフ。
席に着くと隣の席の女子、高月沙紀は友達と一に背を向けるようにして話していた。クラスでも明るくムードメーカのような村瀬淳也は
様々な話題で盛り上がっている。敬二は一から二つ斜め前の席で、朝練が終わったのだろうかユニフォームから制服に着替えている。
そして一番前の右側(丁度教室の窓側)には樹が神楽天美と話しているが、樹はあまり面白くない話のようで、無表情でうんうんと頷いている。
そして無論一番前の左側(廊下側)には寺島留美、一番後ろの右には椎名瑞希が座っている。お互い端から端の距離で、周りにはいつも隣のクラスの女子達が
相談やいろいろな話をしているようだ。勿論クラスメイトの女子もいるが、椎名瑞希班の方が多いみたいだ。
「キーンコーンカーンコーン」
八時五分を知らせる朝のチャイムが鳴り、それと同時に教室に優司先生が入ってきた。しかしその横には見慣れない紫の髪に、耳に銀色に光るピアスを
している男がいた。教室内はその男に視線を送り、中には「うわっ、不良だよ」と驚いてつい声に出す男子生徒もいた。
「えー、今日からな、みんなのクラスメイトになることになった岡山正連中学からお越しの早名誠君だ。みんな仲良くな」
優司先生は一度みんなの反応を確かめると、黒板に向かって白チョークで『早名誠』と書き、その早名誠に向かって「それじゃあ自己紹介を・・・」と
言った。
「・・・・・。始めまして岡山から来た早名誠です。よろしくお願いします」
早名誠が自己紹介をした後に、優司先生はパチパチと手を叩いた。その瞬間クラスのみんながパチパチと手を叩いた。
「はい、みんな仲良くするんだぞ。それじゃあまずは女子から自己紹介して・・・」と言った瞬間数名の女子が「えーやだー」と口々に
言い始めた。それを訊いてはいはいと優司先生は寺島留美の隣に座る男子、田中潤平を指差して答えた。
「それじゃあ男子からにしよう。はい、田中からなんでもいいから
自己紹介してくれ」
それなりに楽しいクラスだ。こんなクラスでよかったと今だから言える。この香川が大好きでクラスメイトも大好きだ。みんながいて、
初めてこの本城一が成り立つのだと、そのときは思った。
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